㈱龍屋半左衛門の歴史をたどる旅(二代目)

㈱龍屋半左衛門の歴史をたどる旅(二代目)

こんにちは!旅アイテムを中心に開発されたキャリーバッグトランクケースHALF THE EMON(ハーフ・ザ・エモン)の石原和幸です♪

今日は二代目の紹介をさせて頂きますが、
創業者の写真を見せて欲しいとのご要望から
画像左が創業者(石原半左衛門)、画像右が二代目(石原清孝)を
掲載させて頂きました。

さて、今日は2代目の石原清孝(私の父)を紹介します
といっても、
父は私が5歳の時に私の目の前で突然倒れて亡くなってしまったので
どんな人だったかあまり記憶にありませんが、
知っている範囲で語らせて頂きます。

2代目の父、清孝は5人姉妹(内3人は幼少の頃亡くなる)の後、
待望の男の子として誕生。
愛知県立名古屋西高校から東京の大隈重信先生が創設したW大学に入学。
祖父の半左衛門の体調不良もあり、
学卒後すぐに祖父の会社を手伝うことに。。。
そして、昭和31年10月に株式会社龍屋半左衛門の社名に変更し、
2代目の代表取締役に就任。
愛知県下の社員さん(その頃は丁稚)を数十名雇い
会社住み込みで家族同様に寝食を共に。
昭和39年名古屋市中区錦2丁目(長者町)に地下一階、地上五階のビルを建て
5階は創業者の会長と2代目社長家族が住み
4階は男子寮・女子寮
3階倉庫・2階1階は事務所とショールーム
地下は駐車場でした。
実は私が産まれた育ったのはこのビルの5階なんです。。。

しかし、先にも記したようにそのビルが完成して5年後
昭和44年4月に心不全で突然の死を迎えることになるのでした。

(つづく)


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