㈱龍屋半左衛門の歴史をたどる旅

㈱龍屋半左衛門の歴史をたどる旅

こんにちは!旅アイテムを中心にキャリーバッグトランクケースHALF THE EMON(ハーフ・ザ・エモン)の石原和幸です♪

弊社の創業から現在5代目の私まで5回に分けて投稿させて頂きます。。。
まず、今日は創業者からスタートです。

創業者の写真は、
一つ目のジャーナル写真をご覧ください。。。

さて弊社の創業者であり、私の祖父である石原半左衛門は、
現在の江南市下般若にある農家の次男として生まれました。
祖父は「相場で価格が決まる農業ではなく、自ら価値を決められる仕事をしたい」という志を抱き、袋物製造を営む姉の嫁ぎ先へ丁稚入りしました。
そして大正7年、24歳の若さで鞄・袋物の製造販売業を独立創業いたしました。
時代のニーズを的確に捉える商才に長け、
人助けを重んじながら着実に事業を拡大していったようです。

また、祖父は信仰心が厚く、先祖を敬う気持ちを生涯大切にしていました。
江戸時代初期、石原一族が幕府の弾圧により、子供を除いて処刑されたという悲しい歴史を知った祖父は、先祖の供養を強く願うようになります。
昭和12年には、下般若の熱田社へ20基もの燈籠を寄贈し、先祖の魂を深く弔いました。

晩年は俳人として句作を嗜んでおりましたが、そのきっかけは若かりし頃に遡ります。
創業資金を作るために大須観音で掃除の仕事をしていた際、
「仕事一筋も良いが、何か一芸を身につけなさい。俳句はどうかな」と声をかけられたことが始まりだったそうです。
江南市・曼陀羅寺慈光院の門傍にある石碑は、
昭和43年4月の祖母との金婚式を記念して建立されたもので、
祖父が最後に詠んだ句が刻まれています。

“池に浮くもの 吹きよせて 水澄める”
(様々な困難があったが、一つひとつに向き合い解決してきたことで、今は澄み渡った心でいられる)

この句に込められた精神は、
後述する私の人生ビジョンへと脈々と受け継がれています。

(つづく)